運動音痴でも夢を叶える! サッカーで学んだアイアンマンへの道のり
こんにちは、
ホリスティック・ストライドの
永井と申します。
私は元々運動音痴でしたが、
サッカーで学んだことを
活かして、
アイアンマンと
呼ばれる最高峰の
トライアスロン大会に
出場することができました。
このブログでは、
私がどのようにして
運動音痴から
アイアンマンになったのか、
その秘訣や体験を
シェアしていきます。
サッカーで学んだ努力の大切さ
私は
1980年
千葉県立銚子商業高等学校の
サッカー部に入部しました。
当時、
銚子市には
中学校が8校ありましたが、
サッカー部は
ありませんでした。
中学3年生の
球技大会が
サッカーでした。
それで
サッカーが
好きになりました。
入学試験が終わった時点で
サッカー部に
入ることを
決めていました。
しかし、
私は運動神経がなく、
サッカーの上達には
限界がありました。
試合に出られる可能性は
低かったのです。
そこで私は、
違うことで
アピールすることに
しました。
私は人一倍負けず嫌いでした。
とにかく、
試合中、
ずっと走り回っている選手に
なろうと決めました。
守備の選手になって、
相手のFWに
仕事をさせないと
決めました。
練習中も、
とにかく動き回っていました。
いつしか、
私は鈍足だったのに
かなりの俊足に
なりました。
スタミナも自信が
つきました。
チームメイトからは
「疲れを知らない男」という
ありがたいニックネームを
もらいました。
練習をサボりたいと
思っても、
中学生の時の屈辱が
頭に浮かんできました。
中学生の頃は
バスケットボール部に
所属していましたが、
ほとんど試合に
出場できませんでした。
3年生になると
練習をズル休みするように
なりました。
卒業写真の撮影目前に
バスケットボール部は
クビになりました。
その屈辱をバネに
高校はサッカー部に
入りました。
そこでも下手くそでした。
それでも、
サッカーが
私に教えてくれたことが
あります。
それは、
「努力は必ず報われる」という
ことです。
トライアスロンに魅了された理由と挑戦の始まり
私は高校卒業後、
サッカーは
やっていました。
サッカーを
やめることは
できませんでした。
日曜日は
サッカーを
楽しんでいました。
しかし、
運動が好きな私は、
何か別のスポーツを
始めようと
思いました。
そこで出会ったのが
トライアスロンでした。
トライアスロンとは、
スイム・バイク・ランの
3種目を連続して行う
スポーツです。
私は
このスポーツに
興味を持ち、
トライアスロンチームに
入りました。
しかし、
トライアスロンは
思った以上に
難しいスポーツでした。
私は入った時点で
25mも泳げませんでした。
私のスポーツ選手としての
特徴は、
始めた時に何をやっても
一番ダメダメ選手です。
しかし、
私は諦めませんでした。
コツコツと
トレーニングを積んで、
ステップアップを
してきました。
みんなと同じことをしても
勝てないので、
オリジナルの
トレーニング方法など
たくさん考案しました。
レースでも、
かなり失敗しましたが、
後になると
いい経験になりました。
私はトライアスロンに
夢中になり、
アイアンマンと呼ばれる
最高峰のレースに
出場することができました。
水泳 3.8km
自転車 180km
ランニング 42.2km
私は
このレースに
挑戦することで、
自分の限界に
挑戦しようと思いました。
私はサッカーで学んだことを
忘れませんでした。
それは、
「努力は必ず報われる」
ということです
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